光のきざはし - 13章 XREA.COM

「嘘っ!?」
 驚きのあまり、リジェは叫びながら目を覚ました。一瞬、上半身が浮くが、全身
を貫く気怠さが起きあがることを許さなかった。どうやら体はまだ眠りから覚めて
いないようだ。仕方なく、その身を寝台に預ける。
「…………あれ?」
 寝台? 確か道端で眠っちゃったはず……。近くの宿屋、にしては綺麗な天井だ。
体に掛けられている毛布も、いつも使っているものとは比べ物にならないほど柔ら
かで暖かい。要するに部屋全体が豪華だった。
「……どこ?」
「『どこ?』じゃねぇっ! 大体、何が嘘なんだ!?」
 視界の隅から髪を振り乱してヤージュがつっかかってきた。どうやら開口一番の
リジェの叫び声に驚いたらしい。寝てる人間がいきなり叫んだらびびるわな、普通。
「あ、ヤージュ。おはよう」
「…………おう」
「で、ここ何処?」
 脱力しているヤージュに構わずリジェは先程の疑問を投げかけた。横になったま
まというのも何なので、ゆっくりと上半身を起こす。知らない間に服が変わってい
た。寝間着なんだろうけど、これまたいい布を使っている。
「ああ、無理すんなよ。おまえの体調不良の原因が近いから、つらいだろ」
「……ってことは、もしかしてアネサルスなの?」
「そ。しかも最高司祭様のお客人ってことで、宮殿の客間だぜ」
 はき捨てるようにヤージュが答えた。慣れない扱いに着心地が悪いらしい。
「えぇー、僕そんなに寝てた?」
 疲れたからちょっと一眠りしただけのつもりだったのに。まあ熟睡したなとは思
うけど。あそこからアネサルスまで何日かかるんだ?
「そーだなぁ。四、五日寝てたか? 起きてるよりその方が変な影響受けなくてよ
かったんだろ。ちなみに今は朝でラサは隣の部屋。もうじき朝飯だからこっちに顔
出すと思うぜ」
 ヤージュの台詞に合わせたかのように、けたたましい音がして扉が開いた。
「おっはよー! ねえ、さっきの声ってリジェでしょ!? 起きたの?」
 とりあえず服だけは着替えてきた、という様子でラサが戸口に立っていた。耳飾
りをつけながらパタパタと近寄ってくる。
「おはよう、ラサ。朝から元気だね」
「そりゃ、それが私の取り柄だもの。それにしてもリジェってば何を叫んでたの?
隣まで聞こえたわよ?」
「そうそう、何が嘘なんだよ」
 二人に尋ねられて、リジェは夢の話をしようとした。しかし、えてして夢という
ものは目が覚めると急速に記憶が曖昧になるものである。目覚めた瞬間に覚えてい
ても、それを誰かに話そうとした時にははっきりと思い出せない。
「えーと……、夢を見たんだけど……」
 首をひねりながら、リジェは必死に記憶を手繰ろうとした。だが、肝心な部分が
思い出せない。こうなると考えるだけ無駄だ。覚えていた部分まで忘れそうになる。
仕方なく、リジェは肩をすくめて答えた。
「多分ご先祖様が神を信じる人達と対峙したときの夢。そこで、誰かにそっくりな
人がいたと思ったんだけど、誰だか忘れちゃった」
「ふーん。ま、夢なんてそんなものよね」
 とりあえずリジェが元気そうなので、後はなんでもいい。機嫌良くラサは近くの
椅子に腰かけた。秘密を打ち明けるように顔を近づける。
「リジェ、ちょうどいい時間に起きたわね。ここの御飯ってすっごく豪華よ」
「へぇ……。それは楽しみだね」
 言った途端にくぅーとおなかが小さな返事をした。リジェは思わず吹き出す。食
欲があるのは元気な証拠だ。予想よりも体調がいいことにリジェは驚いた。
「太陽だって隠れたままなのに、そんなに気分悪くないや。なんでだろ」
「ああ、それは……」
 ヤージュが考えたことなんだけど、と前置きしてラサが説明を始めた。『混沌』
に敏感に反応してしまうせいで体に影響を及ぼすなら、ここにいては回復は難しい。
なぜかは解らないがアネサルスに近づくにつれて『混沌』の力は強くなっていたの
だ。ならばどうすればいいか。『秩序』を取り戻すより他にない。せめてこの部屋
だけでいいから、歪みのない世界を成立させればリジェは元気になるはずだ。
「それでね、ほら。『混沌』に影響されないように精霊に結界を作ってもらったの」
「そうだったんだ……。ありがとう、ごめんね、迷惑かけて」
「どういたしまして」
 ラサがにっこりと笑いかけた時、カチャリという音と同時に扉が開いた。ラサが
来たのとは別の扉だ。今開いたほうが廊下に通じているようだ。給仕姿の女性が大
きな盆を持って現れる。
 ヤージュが立ち上がってその女性のほうに近寄っていった。
「お食事をお持ちしました」
「どうも。……あいつ目ェ覚めたんだけど、あいつの分あるかな?」
 目は女を見つめたまま、親指で背後を指す。指差された先で、リジェがきょとん
として幼馴染みの背中を見ていた。
「なんか、ピリピリしてると思わない?」
「え、ヤージュが? うーん、そうかもね。アルヴィナは神殿に引きこもっちゃっ
たし、この部屋から自由に出られないし。いろいろと気に食わないんじゃない?」
 ぼそぼそと話し合う。そういえばアルヴィナはどうしたのか、聞いていなかった。
司祭なのだから神殿にいるのはまあ妥当かもしれない。
「かしこまりました。すぐにお持ちしますので少々お待ちください」
「どうも」
「それでは他に何かありましたら、外で控えております者にお声をおかけください」
 女性は盆を食卓の上に並べると、丁寧なお辞儀をして退出していった。扉が完全
に閉まるのを待って、ヤージュは大袈裟にため息をついた。
「さて、メシだとさ。リジェ、どうする? そこで食うか?」
「ううん。大丈夫、起きられるよ。……着替えってあるのかな」
 寝間着のままで食事というのはあまり礼儀正しいとはいえない。それに少し動き
たかった。そろそろと寝床から出て立ち上がる。一瞬ふらついたが、体が支えられ
ないほどではない。少し歩けばなおるだろう。
「ほれ、着替え」
 バサッと見慣れぬ服が投げつけられた。まだ動きが鈍いせいで両手と頭で受け取
るはめになる。しかしこれもいい布使ってるなぁ。両手に収まった服をしげしげと
見つめていると、ヤージュがつまらなそうに言った。
「宮殿だからな。客とはいえ、見合った格好をしろってことだろ」
 まあ、言いたいことは解る。逆らう理由もないのでリジェはその服を着ることに
した。ラサはその間に髪を結んでくると言って隣の部屋に戻る。
「顔はどこで洗えばいいかな」
 手早く新しい服に袖を通しながらリジェが尋ねた。するとヤージュが不愉快そう
に部屋の片隅を指差した。
「そこに水があるだろ」
「すごいや。至れり尽くせりだね」
「はん。この部屋から出るなってことだろ」
 用があれば外の者に、という事は扉の向こうに人が張り付いているわけだ。完全
な軟禁状態ではないか。まったくおもしろくない。
「仕方ないんじゃない? アネサリアのお客人にしては普通すぎるよ、僕達」
 どう見ても一般庶民の彼等がどうして偉大なるアネサリアと知り合えたのか、周
りは不思議がっているに違いない。アルヴィナが聖都を抜け出したことは一部にし
か知られていないのだ。もし公表されていたら、大々的な捜索が行われていただろ
う。
 リジェは用意されていた水で顔を洗った。冷たい水が頭をすっきりさせる。
「お待たせいたしました」
 扉が開いて、先刻の女性が現れた。さっきと同じように料理の乗った盆を手にし
ている。
「ありがとうございます」
 リジェが軽く会釈すると、女性はとんでもないと言うように深々と頭を下げた。
そのまま食卓に皿をすべて並べると「失礼します」と言い置いて去っていった。余
計なことは何一つ言わない。宮殿とはそういうものなのだろうか。さすがにこれは
窮屈かもしれない。
「さぁ、食べましょー!」
 待ち兼ねた様子でラサが飛び込んできた。
「そうだね、僕おなかペコペコだよ」
「よし、さっさと食おうぜ」
 三人は早速椅子に座ると宮廷料理人の御馳走に舌鼓を打った。リジェは久々の食
事なので無理せず軽いものにだけ手をつける。
「それで、これからどうするの?」
 ラサが口の中のチャパティを飲み込みながら尋ねた。しかしこの状態で「どうす
るの?」と言われても……。
「あの、さ。アルヴィナはどうしてるの?」
「ここにきてから会ってないわよ。たまってたお仕事を片付けるのに忙しいみたい」
 いくら周りが代行しても、最高司祭の承認がなければならない書類もある。それ
らを片付けるためにアルヴィナはここのところ神殿に缶詰になっているという話だ。
「それじゃ、しばらく話はできないのかなぁ」
 うーん、とリジェがうなる。
「『鏡』の外枠に心当たりがないか、聞きたかったんだけど」
 近くにあるような気がする。でも宮殿内を自由に歩かせてはもらえないようだし、
ここで生まれたアルヴィナなら何か知っているかもしれないと思ったのだけど。
「どうしようかなー」

 実はこの日、アルヴィナは宮殿にいた。なんとか仕事に一段落ついたので、今日
こそはリジェ達と話をしようと思っていたのだが、早朝から宮殿からの使者に呼び
出されたのだ。
(お兄様……やはり、怒っていらっしゃるのかしら。仕方ありませんわね、ご迷惑
をおかけしたのは確かですもの)
 緊張した面持ちでアルヴィナは王の私室にいた。革張りの椅子に腰かけて、辺り
を見渡す。部屋の主はまだ姿を見せていないが、少なくとも事を公にするつもりは
ないらしいと判断して安心する。私室に通したのなら、個人的な話ですむはずだ。
(それにしてもお兄様の私室なんて、ずいぶん久し振りですわ)
 幼い頃は忙しい兄に無理を言って時々遊んでもらったりもしたが、次第にアルヴ
ィナ自身が勉強やら司祭の仕事やらで自由な時間が減り、私室を訪ねることなどす
っかりなくなっていた。
 少しばかり回想にふけっていると、静かに扉が開かれた。カルマンだろうと判断
してアルヴィナは立ち上がる。額で青い石が揺れた。
 しかし。
「朝からご足労いただいてありがとうございます。アルヴィナ最高司祭」
「お目にかかれて光栄ですわ」
 扉を開けて入ってきたのは見知らぬ男女だった。人間離れした青白い肌と、金の
瞳。誰何(すいか)の声をあげるのも忘れてアルヴィナは立ち尽くしていた。が、
空色の瞳には疑問の色がありありと浮かんでいる。この部屋に無断で入れるものな
どほとんどいないし、その数少ない人物の顔は全員知っている。だがいくら見つめ
たところでこの二人は知らない。前もってこの二人にはカルマンが許可を出したの
だろうか。そうだとすると、何のために?
「貴女に伝えておきたいことがありましてね」
 男の方が口を開いた。
「伝える……? 私を呼んだのはお兄様ではないのですか?」
「呼んだのは私達。でも、陛下に関係ないことではないわ」
 女が一歩前へ踏み出した。言い様のない不安に襲われて、アルヴィナは体を堅く
した。こわばった顔に女が手をかざす。思わず後退りするが、すぐにかかとが椅子
にぶつかる。意を決したアルヴィナは不安を払うべく声を上げた。
「……無礼な。何者なのです!? 用件を早く言いなさい!」
「そうね」
 女は動じた風もなく、妖艶な笑みを浮かべた。背筋が寒くなるような声だった。
そして、一言。
「……『記憶の扉を開け』……」
「!? それはっ……!」
 アルヴィナが叫ぶと同時に、額にはめられていた輪がまばゆい光を発した。

「!」
 ふとリジェの動きが止まった。朝食を終えて、今後の予定を考えている最中のこ
とである。
「どうしたの?」
 向かいに座っていたラサが目をしばたたかせた。それが聞こえていないかのよう
にリジェは真剣な顔つきで立ち上がった。椅子がガタン! と音を立てる。その音
にヤージュも、窓際で風に当たっていたが顔をこちらに向ける。
「ここから出よう!」
 リジェが二人に言い放った。どこかに焦りすら感じさせる声だった。その言葉に
ラサが慌てたような、呆れたような声を上げる。
「ちょっとちょっと、『出よう』っていきなり……」
「なんだか、嫌な予感がする。早く行かなくちゃ」
 何が起ころうとしているのかまでは解らない。でも、このままではまずいことが
起こりそうな気がした。どのみち『混沌』はすぐそこまで差し迫っている。こんな
ところでのんびりしている場合ではなかった。
「よっしゃ、そうこなくっちゃな!」
 楽しそうにヤージュが言った。のんびりと楽しているのは好きだが、おとなしく
閉じ込められているのは性に合わない。気合いを入れてぐるんと腕を回した。
「でも外に人がいるんでしょ?」
 反対するつもりはまったくないが、どうやってここから出るのか。ラサが首を傾
げる。人に見つかったらおもしろくないことになるだろう。
「そうだな……」
 ニヤリ。あごに手を当ててヤージュが笑った。悪戯を思いついた子供のよう、と
言うにはちょっと不気味かもしれない。一体、何を思いついたんだ。一抹の不安が
よぎる。
「あの、ヤージュ? あんまり物騒な事とかしないでね」
「大丈夫だって」
 リジェにひらひらと手を振って返事をしながら、ヤージュは窓から外を見下ろし
た。珍しいガラス窓。さすが聖都の宮殿は金がかかっている。窓は少ししか開かな
い造りになっている。この隙間から出られるのは小猫くらいだろう。だが別にここ
から出る気は毛頭ないので関係ない。ヤージュはただ外を見下ろしているだけだ。
そこは何の変哲もない裏庭だった。裏庭と言ってもずいぶんな広さだが、とりあえ
ず人気はなさそうだ。
「ま、人は通らなそうだな」
「……何する気?」
 一人で納得されるとますます不安が募るんですけど。そんな二人の視線を無視し
て、ヤージュはその辺に飾ってあった拳大の置物を掌にしまいこんで戻ってきた。
「よし、それじゃ扉の内側に隠れろ」
「はあ……」
 よく解らないけど、急いでいることだし。リジェは曖昧な返事をしながら指示に
したがった。ラサと二人で扉の影になる位置に立つ。ヤージュも同じ場所に来て、
それから考えるように言った。
「念の為に武器になるもの……ってもないよなぁ」
 基本的に宮殿に武器の類いを持ち込むことはできない。ここに着いたそうそう
「お預かりします」とか言ってどこかに持っていかれてしまった。
「そうね、竪琴ならあるけど……」
 ラサがちらりと荷物のおいてある奥の部屋に視線を移す。
「矢がないし」
「ま、しゃーねーか。んじゃいくぜ」
 言うが早いかヤージュは右手を軽く後ろに引いた。その手には石の置物が握られ
ている。まさか、とリジェが呟いた途端、置物は素晴らしい速度ですっとんでいっ
た。一直線に、窓に向かって。さっき下を確認したのはこのためだったのか。
 がっちょんと窓ガラスは見事に砕け散り、その破片は置物としての定義を無視さ
れた物体と共に、遥か下方へと落下していった。ついでとばかりにヤージュは、彼
にとっては都合のいい事に側にあった花器からラサの背中に水を一滴。
「〜っ! きゃあああああっ!!」
 キーン。耳をつんざく悲鳴が部屋いっぱいに響き渡る。水を入れられた本人より
も、間近で悲鳴を聞いたリジェの方がびっくりしている。そして、驚いたのは外に
立っていた男にしても同様だった。突然ガラスの割れる音がして、さらに続いた少
女の悲鳴。何があったのかと慌てても無理はない。ここにいるのは「アルヴィナ様
の個人的な客人」なのだ。万一のことがあっては責任問題だ。
「ど、ど、どうなさいました!?」
 彼は顔面を蒼白にして、おっかなびっくり扉を開いた。目についたのは割れたガ
ラス窓。中にいるはずの人間が一人も見当たらない。彼はさらに顔を青くした。
「まままさか、お、落ちちゃったとか……」
 割れたとは言っても人が落ちるほどの穴じゃない。この男、かなり動揺している。
可哀相になるくらいの狼狽ぶりだ。
 刹那、扉が内側から引っ張られた。取っ手をしっかり握っていたので、平衡感覚
を失った男はあっさりと床に倒れこむ。そこへヤージュの手刀が綺麗に決まった。
あえなく男は失神する。呆れるほど円滑に事が運んでしまった。
「なんだ、こいつ。だらしねーの」
「何か可哀相かも……」
「うー、背中が気持ち悪ぅい」
 それぞれに勝手な事を言いながら三人は気絶した男の前に出てきた。悪い事した
かもしれないが、そうも言っていられない。心の中で謝っておくことにしてリジェ
は部屋を飛び出そうとした。が。
「あ、待って! 忘れてた。リジェ、この部屋から出て大丈夫?」
 この部屋は精霊に守ってもらっていたから平気だったが、外に出れば『混沌』の
影響が強いはず。動き回れるだろうか。言われてみると自信がない。リジェは自分
に対して歯がみした。考えているとヤージュがポンと手を叩いた。
「おお、オレも忘れてた。ちょっと待ってな」
 言うなり部屋の奥にある戸棚に走っていく。豪奢な飾り戸を開けると、中にいつ
も持っていた荷物が入っていた。ヤージュはそこから袋を一つ取り出して戻ってく
る。
「おまえのお袋さんから預かってたんだ。すっかり忘れてた」
「母さんから?」
 リジェは受け取った袋の中を見ると苦笑した。
「役には、立つよなぁ……」
「どれどれ? ……うわ、すっごい」
 ラサがひょっこり覗き込む。袋から出てきたのは高価そうな装飾品。腕輪、耳飾
り、首飾り。それほど凝った作りではないが、繊細で丁寧な仕事だ。材質も良い。
ラサは舞台衣装などの関係で宝石や貴金属はいろいろ見てきたが、これは一目で素
晴らしいものだと解る。
 感嘆の声を上げながら細工を見つめているうち、ラサはそれらにつけられた宝石
が反射ではなく、自ら輝きを放っているのに気がついた。驚きに目を見開く。
「もしかしてこれ、日長石と月長石?」
 貴金属は即ち魔除けのお守りだ。七つくらいまでの子供は男も女も何かしらの装
飾品を身につけている。どんなに貧しくても、それだけはどの家も欠かさない。子
供は魔物に狙われやすいと言われているからだ。そして日長石と月長石。それぞれ
太陽と月の光からできたという石の名だ。天の加護を持つ奇跡の石。なるほどこれ
なら『混沌』からも身を守れるだろう。
「うん、さすが女の子。良く知ってるね。……この年齢になってこんなちゃらちゃ
らした格好も恥ずかしいけど……。そうも言ってられないし、ここは素直に母さん
に従うか」
 ため息をつきつつ、リジェは慣れた手つきで袋の中のものを身に着けていく。初
めにつけた耳飾りが動く度にしゃらしゃら揺れた。
「大丈夫、全然恥ずかしいことないわよ。リジェってばすっごく似合ってる 」
「いや、それは……。あんまり嬉しくないかも」
 力なく笑ってから、リジェは今度こそ部屋を飛び出した。あとの二人もそれに続
く。三人は広く長い廊下を走り続けた。リジェは嫌な感じのする方へ、分かれ道も
階段も勝手知ったる家のように迷うことなく進んでいく。早く行かなくてはならな
い。進むごとに、リジェの中に警告めいたものが何度もよぎった。
 着いた先で何があるのかは解らない。しかし『何か』はある、絶対に。その確信
だけがリジェを、さらにラサとヤージュをも突き動かしていた。そしてひたすら進
んでいく、その行く手に。
「そんなに急いで、何処へ行くのかしら?」
 ラーフィスとケーティアが現れた。悠然と立ちはだかる二人を前に、リジェは歯
ぎしりして苛立ちをあらわにする。
「そこをどいてください」
 真っ正面からラーフィスをとらえ、リジェはそう言った。今はこの二人を相手に
している場合ではない。嫌な感じはもっと奥のほうからだ。
「ケーティアが『待っている』と言ったはず。こちらが先約だろう?」
 しかし案の定ラーフィスは道を譲ろうとはしなかった。
「この先は世界の行く末を決する最終舞台だ。ただでは通さん。ひとつ、勝負して
もらおうか」
 カランと音を立てて、足下に一振りの細身の剣が転がされた。リジェは鈍く光る
刀身に一瞥くれてから、その意図を汲み取ろうと目の前の男を睨みつけた。ラーフ
ィスは自らも剣を抜いてリジェが剣を拾うのを待っている。
 だが、リジェはラーフィスと剣を交互に見つめるだけで、拾おうとはしなかった。
「何をしている。それを使え。一対一の勝負をしようと言っているのだぞ。おまえ
もルナの人間なら護身くらい一通りやっているだろう?」
「何のために……」
 こんなところで待ち伏せておきながら、不意打ちをするでもなく剣で勝負しよう
というのが解らなかった。それに、これは真剣だ。人を傷つけるのが、正直怖かっ
た。
 ラーフィスはそんなリジェの様子を鼻で笑った。
「おまえは何をしにここに来た? 世界を救うためか? どうして世界を救おうと
する?」
 剣の切っ先をリジェに向けてラーフィスは尋ねた。咄嗟にヤージュが庇うように
前に出る。だが、いま向けられている刃には殺気はない。リジェは軽く手で押さえ
てヤージュを下がらせた。
「僕は僕の周りの幸せを守りたいだけです。この世界が、精霊が、そして人が好き
だから! だから僕はここまで来た」
「あんた達こそ何でこんなことしてるのよ!」
 後ろからラサが抗議した。ラーフィスは一瞬視線を向けただけで、何も答えない。
「何よ、無視!? あったまくるわねー」
「守りたいと言ったな、少年。ならばおまえの力でここを突破してみせろ。口先だ
けなら何とでも言える。他の誰の力でも、精霊の力でもなく、おまえ自身の力を見
せてみろ! …………でなければ、オレはおまえを認めない。ここも通すわけには
いかない」
 一瞬、冷たいだけだった金の瞳に別の色が宿ったように思った。その瞳に突き動
かされて、リジェはゆっくりと足下に手を伸ばした。
「そういうことでしたら、お相手になります」
 人の命を奪いかねない凶器の重みを手に感じながら、リジェは静かに構えた。
「リジェ!」
「大丈夫よ。何も死闘を演じようってわけじゃないから」
 踏み出したヤージュを、いつの間にか移動したケーティアの腕が遮った。誰にも
邪魔はさせないと言うように細い腕を伸ばして立ちはだかる。そのなんでも解って
いるような顔が癪に触って、ラサが叫んだ。
「あんたなんかの言う事が信用できると思ってんの!?」
「あら、心外だわ。貴女達に嘘をついたことはないと思ったけれど」
「う……」
 確かに、謎めいた怪しい言動はいくらでもあったが、嘘をつかれた覚えはない。
反論できずに口をつぐんだラサの隣でヤージュがリジェの背中に声を飛ばした。
「聞いたか、リジェ! これは決闘じゃねぇ、『試合』だ。気合い入れていけよ!」
「……うん、ありがとう」
 ヤージュの言葉は微妙に意味がすり替えられていた。それに気付いてリジェは感
謝を口にする。そうだ、これは殺し合いじゃない。でも、この剣の重みだけは忘れ
てはいけない。
「どういう事?」
 言葉の意味が解らず、ラサは隣に訊いた。ヤージュは前を向いたまま答える。
「あいつが人を傷つけるなんて滅多なことではできない奴だって、おまえもわかる
だろ? 決闘なんて言われたって絶対それが剣の甘さになる。けど『試合』なら、
規則のある競技としてならあいつは全力を出せる」
「ふぅ……ん」
 さすが幼馴染み。何でもお見通しらしい。でも、肝心なことが一つ。
「全力を出せるって、そもそもリジェって強いの?」
 『護身くらい云々』の件を否定しなかったあたり、剣術の心得があるのは確かの
ようだけど。今までリジェが剣を握るところなんて見たことがなかったし、そんな
話を聞いたこともない。はたして、その実力のほどは……?
「あ? んなもん見れば解る」
「……解った。見てても平気なくらいの腕はあるのね」
 不親切な解説の裏を読んでラサがうなずく。
「知らねーよ。あの野郎がどの程度か解らんのだから。どう転ぼうと、ここまでき
たら見てるしかないだろ?」
 いまさら助太刀に入ろうとしてもリジェが断るだろう。自分だけの力で、とラー
フィスは言っているのだから。何もできない苛立ちでヤージュは不機嫌に言い放っ
た。
「よく解ってるようね。それなら、ちゃんとおとなしく見ているのよ?」
 子供に言い聞かせるようにして、ケーティアは艶やかに微笑んだ。そのまま剣を
構えた二人に視線を移す。まさにその瞬間、笑みの消えた顔に金属音が重なった。

 剣を構えたまま、二人はしばらく向かい合って立っていた。相手のすきを見つけ
出そうとする。やがて、沈黙を破って先に動いたのはラーフィスだった。即座にリ
ジェも反応して右手を動かす。お互いに繰り出した剣がぶつかって、高い音が響き
渡った。リジェはすぐに剣を引いて体を動かす。
 力比べになれば十中八九負ける。考えなくてもそれは明らかだった。ならば動き
で翻弄するしかない。素早さならまだ勝てるかもしれなかった。リジェは自分から
深く踏み込むことはせず、つかず離れずの位置で動き回る。
「なるほど、いい戦法だ。しかし……」
 リジェの動きを目で追いながらラーフィスは口の端を持ち上げた。
「それではオレに一撃も食らわせられないぞ!」
 声と共に剣を振り下ろす。それは避けるまでもなくリジェに届かない。が、その
一撃は油断を誘うための牽制だった。ラーフィスはそのまま一歩踏み込み、切り上
げにつなげる。
「!」
「リジェ!」
 恐怖に思わずラサが声を上げた。目の前が赤く染まったような錯覚を覚える。が、
リジェは紙一重で攻撃をかわしていた。無事な姿を見て胸をなでおろす。
 リジェが体を退いたために間合いがあいた。二人の動きが一瞬止まる。
(……やっぱり、強い!)
 呼吸を整えつつ、リジェは心の中でうめいた。息遣いに合わせて金の耳飾りが揺
れる。
(考えろ! どうすれば勝てる!?)
 こちらの牽制など何でもないかのように、あっさりと踏み込まれてしまった。動
きでも決して勝ってるとは言えないようだ。受け身な戦法では返り討ちにあう。そ
れなら……。リジェはキッと相手を見据え、今度は自ら間合いを詰めにいった。
「ハァッ!」
 駆け込んだ勢いそのままに剣を振り下ろす。それはラーフィスの立てた剣に止め
られた。リジェは角度を変えて、即座に次の斬撃に移る。再びラーフィスが止める。
リジェが剣を振る。ラーフィスが止める。ひたすら剣の打ち合う音が辺りを包んだ。
「小賢しい!」
 業を煮やしたラーフィスが大きく剣を振るった。これこそリジェが待っていた瞬
間だ。剣を振り下ろした後には必ず隙ができる。この剣をかわせば勝機が掴める!
 間合いを取らせないよう、リジェは横に払われた剣をかがんで避けた。頭上で風
が通り抜けたのを感じる。
(今だ!)
 リジェは膝のばねを使って鋭い突きを繰り出した。その切っ先は確実にラーフィ
スの眉間を捕らえていた。勝利を予感した、その刹那。
「ラーフィス!!」
 悲鳴に近い叫び声が耳を打った。初めて聞いた、ケーティアの感情のこもった声
だった。その声がリジェの霞んだ記憶を呼び起こした。白昼夢のように誰かの顔が
浮かぶ。
(思い出した! あの夢の……)
「油断は禁物だぞ!」
 注意がよそへいき、剣の動きが鈍ったのを見逃すわけがない。ぎりぎりのところ
で、ラーフィスは引き戻した剣の柄で突きの軌道をそらした。もともと寸止めする
つもりだったので僅かに速度を落としていたのだ。それがさらに鈍っては、回避さ
れても当然といえよう。
 今の攻撃が失敗したことで、リジェの勝利は確実に遠のいた。同じ手にひっかか
る相手とも思えない。何か別の方法を考えなくてはならなかった。しかし、彼の注
意はまだ別のところにあった。
(そうだよ。あの夢に出てきた女の人……)
 相手の切っ先が一筋の髪を凪ぐ。危ういところで攻撃をかわし、受け流しながら、
リジェは数日に渡る眠りの中で見た夢の事を思い出していた。忘却の淵に沈んでし
まったはずの夢が、鮮烈に思い出されてくる。自分の物ではない、遠い過去の記憶。
子供達を逃がした時、隣にいたのは…………間違いなくケーティアだった。
「どうした、さっきから避けているだけだぞ!」
(どういう事だ? あの夢は数千年前の歴史のはず。どうしてケーティアが?)
 ラーフィスの声はまったく耳に入ってこなかった。リジェは必死に夢のことを考
える。空想から生まれたただの夢とは思えない。それにしては現実的すぎた。親に
教えられ、先祖の記した書物で読んだ歴史は、神を崇める多くの人と袂を分かつと
きについては多くを語っていない。あんなに細かい夢を、想像で見られるはずがな
かった。
(なら、あんな夢を見たのは何故?)
 力なく剣を振りながらリジェは自問した。数千年もの昔、ケーティアにそっくり
な人間がいた。いや『そっくり』なんてものではなかった。瞳の色や全体の印象が
違うにもかかわらず、その顔は同一人物としか思えなかった。
(僕に似た人もいたけど、でもあの人と僕はちゃんと別だった。違うって解った)
 じゃあ、あれがそこにいるケーティアと本当に同じ人だとしたら?
(だとしたら、僕が演じていたのは誰の立場だったんだ?)
 ケーティアに向かって声をかけた、あれは……。
「そんなふぬけた様子では話にならん。勝負をつけてやる!」
(あれは、ラーフィスなのか!?)
 キィン!
 リジェの剣が手を離れた。回転しながら床を滑る。
「リジェ!」
「しっかりしろよ、おい!」
 背後から焦った声がした。ただ見ているなんてできない。二人とも今にも飛び出
しそうな勢いの声だった。いくら前に出ようとしても、ケーティアに遮られるだろ
うが。
 何にせよ、二人の声でリジェはようやく眼前の勝負に意識を戻した。夢に出てき
たのがケーティアだろうとラーフィスだろうと、今は問題にしている場合ではなか
った。勝たなくてはならない。今は大切なもののために力を振るうときだったのだ。
「覚悟!」
(僕は、こんなところで終わるわけにはいかない!)
 リジェは迫り来る刃をまっすぐに見据えた。間合いを詰めたラーフィスが剣を振
り上げる。その、ほんのわずかな間を縫ってリジェは跳んだ。地面すれすれを這う
ように跳び、ラーフィスの脇を転がり抜ける。
「くっ……」
 ラーフィスは慌てて振り向こうとするが、リジェが起き上がりざまに剣を拾い上
げるほうが早かった。体をひねっている最中の、不安定な姿勢にリジェの突きが襲
いかかる。
「はぁっ!」
「……!!」
 体をのけぞらせて攻撃自体はかわしたものの、体勢を立て直せずにラーフィスは
仰向けに倒れた。こちらもまだ膝立ちだったが、リジェはすかさず剣をその喉元に
突き付ける。
「………………」
「………………」
 しばらく、二人の息遣いだけが辺りにこだました。視線がぶつかり合う。リジェ
は身動ぎすらせずにラーフィスの言葉を待っていた。
 ……カチャッ。
「ラーフィス!」
 剣を握りなおす音に、ケーティアが鋭い静止の声を発した。直後、何とも言えぬ
複雑な笑みを浮かべる。
「勝負はついたわ。もういいのよ。……この子達に託してみましょう?」
 ゆっくりと近づいてくる声を聞き、ラーフィスは全身の力を抜いた。右手から剣
が離れ、その口がふっと自嘲的に歪められる。
「……ああ、そうだな。そうだった。…………オレの負けだ」
 勝負はついた。リジェは安堵して剣を引いた。張り詰めていた空気が緩み、ラサ
とヤージュが駆け寄ってくる。
「リジェ! 大丈夫?」
「やったな!」
 リジェは立ち上がってそちらを見ると、笑顔でうなずいた。多少の疲れはあるが、
とくに怪我はない。心配そうだったラサの顔が一転、弾けそうな笑顔になる。
「よかったぁ。リジェってばすごいじゃない」
「さて、約束通りここを通してもらうとするか」
「あ……」
「待て」
 リジェが遠慮がちに口を開くのとラーフィスが声をかけたのは同時だった。三人
の視線が上半身を起こしたばかりのラーフィスに集まる。
「なんだよ。勝負はついたんだろ」
 ヤージュが警戒心あらわに言った。まだ何かやる気だろうか。いさぎよくない。
その表情を見て取り、ラーフィスは苦笑した。
「そこまで格好悪い悪役になるつもりはない。安心しろ。……渡すものがある」
 彼はそう言ってリジェを見た。僕? とリジェは自分を指差す。それにうなずき、
ラーフィスは懐に手を入れた。
「…………! それ……」
 差し出されたものを見て、リジェは目を丸くした。掌ほどの大きさのそれは金属
でできた円盤のようだった。上下左右に一つづつ小さな石がはめ込まれ、真ん中が
広く円形に窪んでいる。
 リジェはもっと近くで見ようとしゃがみこんだ。すると、胸元で円盤に共鳴する
ようにリリ……と鳴るものがあった。服の内側が熱い。慌てて熱源を探り、引っ張
り出す。それは布に包まれた鏡だった。リジェは瞬きするのも忘れてラーフィスの
顔を見つめた。
「やっぱり……それは『天の鏡』の外枠……。どうして……、貴方は一体……」
「そんな事を聞いて何になる。急いでいるのではなかったか? これを持って早く
行けばいい」
「それはそうだけど……でも! そういう訳にはいかないでしょう!?」
 リジェはそう叫ぶと、振り向いてすまなそうな顔をした。
「ラサ、ヤージュ、ごめん。少し話をさせて。多分、大切なことなんだ」
 嫌な感じは少しずつだが増し続けている。こんな所でもたついている場合ではな
い。それはリジェがいちばんよく解っていた。でも、話をしておかなければならな
いと思ったのだ。
「……ま、おまえがそう言うなら」
「私はリジェについていくって決めてあるし」
「ありがとう」
 リジェは二人の同意に感謝する。
「……悠長なことだな」
 あきらめ半分にラーフィスは笑った。今の状況で、何故そんな事にこだわってい
られるのか。時間がないのなら、放っておけばいいのに。
 呆れたような声を聞いて、リジェは真剣な表情を向けた。
「夢を見たんです。ずっと昔の夢。僕に似た子供と……ケーティアがいた。きっと
貴方も」
「!」
「教えてほしいんです。貴方達は何者なんですか? ……本当に、敵なんですか?」
 正体は何一つ解らない。ただ敵だと言って現れた二人。でも、本当に邪魔するつ
もりだったなら、初めて会ったときにやられていた。それをしなかったのは何故か。
「敵のつもりだったが……別に、どちらでも良かったんだ」
「……?」
 まだためらいがちに、ラーフィスは口を開いた。目は遠いどこかを見つめている。
その言葉を引き継いだのはケーティアだった。
「貴方達に守りたいものがあるように、私達にも救いたいものがあるの。そのため
に、私達は時の流れに置き去りにされることを選んだ」
「永い時を、ずっと側にいた。……あいつが救われるのなら、それをなすのがオレ
だろうとおまえだろうと構わない。オレ達にはあいつの復讐を手伝うような真似し
かできなかったが……おまえなら、やってくれるかもしれない……」
「『あいつ』……?」
 後ろでラサが呟いた。
「ヴァストル……古い友人さ。オレ達はそんな、身勝手で世界に混沌を呼び込むよ
うな愚か者だ。さて、もう行った方がいいのではないか? アネサリア殿がお待ち
かねだ」
 あまり多くを語っても、意味のないことだ。今を生きる彼等をこれ以上過去のし
がらみに巻き込んで何になろう。話は終わりだと、ラーフィスはリジェの手に『鏡』
の枠を押し付けた。リンッという音がして、『天の鏡』は本来の姿に戻る。ひび割
れすら跡形もなく消えていた。
「さあ行け。その剣もくれてやる」
「いえ、これはお返しします。僕はここに戦いにきたんじゃない。人を傷つけるた
めでなく、守るため、救うためにきました。武器はいりません」
「……そうか」
 ラーフィスは差し出された剣を受け取った。それを確かめてからリジェは立ち上
がる。まだいろいろ聞きたいが、これ以上聞き出すのは大変そうだし、実際そろそ
ろ急ぐ必要があるかもしれない。
 奥に向かって歩き出そうとして、リジェは足を止めた。もう一度ラーフィスを見
る。
「僕の名前、リジェっていうんです。……最後に、一つだけいいですか?」
「何だ?」
「ルティオって、誰ですか?」
(……!)
 確かに一度だけ、ラーフィスはリジェにそう呼びかけた。ほとんど独白に近い呼
びかけだったのに良く覚えていたものだ。まったくかなわない。降参だ。大きく息
を吐いて、白状する。
「ルティオは……ルティオ=ルナは、弟だよ」
(ルナ……!?)
 ラサとヤージュは目を見張った。どこにでもある名ではない。その姓は、儀式を
司り、光の精霊と契約した者の家柄を示すもの。だがリジェは、さほど驚いた様子
を見せなかった。夢に出てきた少年がきっとそうなのだろうと予想していたから。
彼が自分の先祖であろう事は、夢で解っていた。
「そうですか……。弟さん、きっと無事に逃げましたよ」
「解っている。おまえがそこにいるのだからな」
「あ、そっか」
 慰めだかなんだか知らないが、ちょっとずれた台詞にラーフィスは笑って答えた。
リジェが照れたように手を頭にやる。それまでずっとラーフィスとケーティアが放
っていた嫌な感じが、少し薄れた気がした。
「……それじゃ、行きます」
「ああ、早く行け」
 リジェは「おまたせ」とあとの二人を振り返った。今度こそ先を急がなければな
らない。気持ちを新たに、リジェは長い廊下を駆け出した。

 そして、そこには二人だけになった。金の瞳は少年達の消えた彼方を見つめてい
る。ラーフィスは立ち上がりつつ、たった一人の同胞に語りかける。
「まったく、勘がいいにも程があるな。それとも重度のお人好しか?」
「でも、そんな子だからこそ救いをくれるかもしれない。そうでしょう?」
「……そう、だな。オレ達にはもう何もできない」
「そんな事ないわ。見届けましょう、最後まで。ずっと、そうしてきたじゃない…
…」
 微笑みながらうなずいて、二人は何処かへ消え去った。