君を飾る花 XREA.COM

 丘の上にあるお屋敷で庭師に雇われた男がいた。テラスから見渡せる庭の手入れが男の仕事だ。花を育てるのは好きだったし、給金もなかなかのもの。いい仕事にありつけたことを感謝しつつ、男はまじめに働いた。
 彼の雇い主には16になる娘がいた。やわらかな栗色の髪は肩口でふわふわと揺れ、桜色の唇からつむがれる言葉はさながら銀の鈴のよう。仕事を始めてから5日、初めて出会った美しい少女に、男は一目で心奪われた。
 彼女が時折テラスで紅茶を楽しむことを知った男は、いっそう仕事に精を出した。芝を丁寧に刈り込んで、花壇には季節ごとの花を植える。もしかしたら、彼女がテラスからこの庭に降りてくるかもしれない。尖った小石が玉の肌を傷つけないように掃き掃除。

 やがて、彼はテラスから少し離れたひとつの花壇に白いカーネーションを植えた。可憐に微笑む少女に似合うと思ったから。彼女が庭に降りてくることはまだなかったが、庭師の元には時折メイドが訪れていくつか花を譲り受けていく。今までに渡した花のどれかは、もしかしたら彼女の部屋に飾られたかもしれない。彼女がにおいをかいで、手に取ったかもしれない。だから、彼女に似合う白い花を育てようと思った。
 この中の一輪が、栗色の髪を飾るかもしれない。淡い色のブラウスに挿されるかもしれない。だから丹念に肥料をやり、水をやり、虫を払った。
 そうして、小さな花びらが精一杯に開こうとした頃。男は風邪をこじらせて3日間寝込んでしまった。代わりに雇われた庭師は、白いカーネーションの花壇には気づかなかった。ベッドから起きられるようになって、男が花壇の様子を見に行くと、カーネーションはくたりと地面に寝そべっていた。
「あっちに見えていた白いつぼみは、もう咲き終わってしまったの?」
 テラスから、寂しげな声が風に乗って男に届いた。それは男に向けられたものではなく、傍らのメイドに尋ねるものではあったが。
 ああ、見てくれていたのだ、この庭を。片隅で育てていた白い花を気にかけてくださっていたのだ。それなのに、それなのに。一輪たりとも娘の髪を飾ることなく、ブラウスに挿されることなくカーネーションはしおれてしまった。なんということだろう。
 男はもう一度種を植えた。今度は決して花開く前にしおれさせてなるものか。男は晴れの日も雨の日も、熱が出ようと足をくじいて杖をつこうと、休むことなく花壇に訪れた。肥料をやり、水をやり、虫を払った。
 娘がなぜかテラスに現れなくなっても、男は白いカーネーションを育てた。何か、他の趣味ができたのだろうか。でももしかしたら、気まぐれに訪れるかもしれない。そのときこそは、この白い花を見てもらうのだ。この中の一輪でも、彼女を飾る栄誉を受けられたなら、どんなにかすばらしいことだろう。

 だから男は花を育てた。
 芽が出て、つぼみが膨らみ花開き、種を残して枯れると、その種をまいた。種は芽を出し、つぼみが膨らみ花開き、また種が残り、芽を出して……そうして、何度でも白い花を育てた。
 何度種が芽吹いただろう。何度昼と夜が繰り返されただろう。
 ついに、その日が訪れた。

「そのカーネーションを、分けていただけませんか」
 庭師の元に、籐籠を持ったメイドが現れてそう言った。水やりを終えた男は、首を横にふった。これは彼女だけのためのもの。他の花はいくらもっていってもかまわないが、これだけは譲れない。
 するとメイドは、ならば断る理由はないと、花を求める理由を告げた。
「そのお嬢様に飾る、花冠を作るのです」
 これを聞いた男は飛び上がって喜び、一輪残さず切り取って、メイドの籐籠につめこんだ。あふれんばかりの白い花。これがすべて、彼女を飾るのだ。男は想像するだけで打ち震えた。
 男は、どうか一目、少女が花冠をつけた姿を見せてほしいとメイドに頼んだ。遠くからでもかまわない。彼女のための花が、役目を果たす様をみたいのだ、と。
 小さくうなずいたメイドの後を、彼ははやる気持ちで追いかけた。

 長の望みが叶った日。
 丘の上で、男はおいおいと泣いた。

 石の十字架に飾られた花冠は……とても静かで、美しかった  

END


あとがき

 2004/06/09、GARNET CROWの新曲「君を飾る花を咲かそう」発売〜。というわけで(?)タイトルを頭の中で転がしていたら出てきたお話。ちなみに歌とは何の関連もありません。だって、まだ歌詞もしらなきゃサビすら聞いたことないし(笑)
 でも、「君に花を飾る」のではなく、「花を咲かそう」ってあたりに切なさを感じたりするのです。なのでこんな話ができあがったわけですが。ああ、早く聞きたいなぁ。
 構想1.5時間、執筆2時間。書ける時は書けるものですね。ちなみに白いカーネーションの花言葉は「私の愛は生きている」だそうです。<今調べた