Windy Hill 10周年&60万打記念 XREA.COM

※注意※

 このSSは洸海さんのサイトWindy Hillの「サイト10周年&60万打 感謝祭」企画にて洸海さんが書いて下さったギャグテイストパラレルです。
 洸海さんのところの『王都警備隊』主人公のリーファが『きざはし』11章に迷い込んだ設定となっております。


 山には魔物がいる。霧や雲、雪といった白い魔物が。
 一行はほとんど手で掴めそうなほど濃い霧の中に、すっかり飲まれていた。先頭を歩くリジェがふと背後を振り返り、ぼんやりかすむ影を数えて眉を寄せる。
「……点呼をとります」
「へ?」
「番号、一!」
「……? 二」
「三っ!」
 よん、と続く声がしない。嫌な感じの沈黙がじっとり降りてくる。これじゃ百物語だ、とリジェは身震いした。いや待て、あれは一人増えるんだったか。じゃあ減るのはいいのか。いや良くない。
 リジェはあらぬ方に迷走しかけた思考を引き戻した。突発事態にもヤージュよりは動じず騒がない彼だが、頭の中は結構、素っ頓狂なことになっているのだ。ラサが知ったら「可愛いー♪」とか喜ぶかもしれないが、本人はちょっぴり悲しくなるかもしれない。
 そんな未来予想図を頭の隅っこに蹴りやって、リジェは声を張り上げた。
「もう一回、番号! 一」
「二」
「三っ」
「…………四」
 一番遠くでぽそりと声が応じた。ひとまず残り三人はほっとして、四人目が追いつくのを待つ。だが霧の向こうにぼんやり浮かび上がったのは、明らかにアルヴィナより背の高い人影だった。
「うわわわわっ、出たあっっ!」やっぱり百物語だ、と叫ぶリジェ。
「落ち着けっ、あれはブロッケン現象だ! 太陽を背にして立つと雲や霧に光が散乱して自分の影のまわりに虹が生じるものであって怪物とかご来迎とかいわれて山岳信仰の」
「どこに太陽や虹があるのよっっ!!」
 ヤージュの無駄な博識をラサが一喝する。知識と知恵は必ずしもひとつの頭に宿らない、の好例だ。
 長ったらしい説明の間に、四人目が霧の壁のこちら側までやってきた。残念ながら、お化けでも怪物でも阿弥陀如来でもなく、なにやら困惑顔の、焦茶の髪を三つ編みにした人間だった。三人より少し年上に見える娘だ。まあ、ここで如来様が出てきても困るが。
「あ! 貴方はたしか!」
 見覚えのある人物だと気付いたラサが、ぱっと笑顔になって駆け寄る。
「やっぱり! り……り、リヒテンシュタイン!」
「一文字しか合ってないだろ! いくらここが山だからってありえない間違え方するなよなー、チベットはー」
 しょーがないなぁこいつぅ、とばかりにリヒテンシュタイン、もといリーファがラサの額を小突く。ラサは大袈裟によろめいた。
「うっ、なんて巧みな外し方……! 流石ですわお姉さま」
「いやいやなんのこれしき」
 あはは、と笑ってからリーファは何事もなかったように残る二人に向き直った。
「で、ここはどこなんだい?」
 返事がなかったのは、二人が塩の柱になっていたからだとしても、驚くには当たらない。
  
 ま、そんなわけで。
「理にかなっちゃいるが気に入らねえ……」
 ヤージュとリーファが、後ろに戻ってアルヴィナを探しに行くことになった。リーファはぼやきを無視して、きょろきょろ周囲を見回している。ヤージュはため息をついた。
「こんな中でめくらめっぽう歩き回ったってお互い迷うだけだろ。ちょっと待ってろよ。『命の根差す所、大地を司るものよ』……わりぃけどちょっと出てきてくれるか?」
 やる気のない呼びかけと質問の後、ヤージュはリーファを手招きして、急ぎ足にひとつの方向へ歩き出した。じきに、ぼんやりと白くかすむ背中が視界に入る。
 名を呼ぼうとヤージュが口を開いたところを、リーファが「シッ」と遮った。
「様子が変だ。ほかに誰かいる」
 二人は警戒しながら、アルヴィナの方へ近付いた。ぼうっと立ち尽くす彼女に向かい合っているのは、一人の女だった。
「…………!!」
 ヤージュが息を飲む。気付いた女が薄く笑った。
「あら、貴方を呼んだ覚えはないのだけど」
 それからちらと、横のリーファにも目を向ける。
「貴方もお呼びじゃないわね」
「オレだって別に呼ばれたかねーよっっ! さり気なく失敬なこと言いやがるな」
 憤慨したリーファの横で、ヤージュが「ケーティア」と名をつぶやく。リーファは胡散臭げな顔になった。
「知り合いか?」
「知り合いたくなかった知り合いだよっ!」
 ヤージュは噛み付くように答えて、ケーティアを睨みつけた。
「今日は一人なんだな」
「ああ、ラーフィス? 別件でちょっとね」
 別件、と言われてヤージュが眉を寄せる。横でリーファがおどけた顔をした。
「フラれたんだ?」
「…………!」
 予想外の台詞にケーティアが怯む。違う、と否定するより早くヤージュがにんまりした。
「へーぇ、そうかい、そりゃそうだろうな。てめぇみたいに人を見下した笑い方する女、愛想つかされて当然だよな! だいたいオレはケバい女もやたら偉そうな女も、うるさい女も、大っっ嫌いなんだ!」
 挑発してるうちに、本当に腹が立ってきた。ケバいとか偉そうとか言いながら、いちいちその代表格を思い浮かべるから良くないのだ。ちなみに故郷の姉はケバくはないが、やたら偉そうで事実ヤージュより数段偉い。ああ高笑いする姉の声が聞こえるようだ。
 ヤージュはまぼろしの姉に向かって拳を振り回した。
「なのになんで、オレのまわりにばっかそーゆーのが集まるんだよっっっ!!!」
 ぜーはー。
 思わず息切れするヤージュ。いじられキャラの自覚がないとこうなる。しかも彼はまだ自分を取り囲む不吉な殺気に気付いていなかった。
「……随分なおっしゃりようですこと」
 ひんやりと冷たい声が、最高司祭様の口から発せられる。ヤージュはぎくりと竦んだ。振り向いたアルヴィナの目は完全に据わっている。ヤージュはケーティアに怒鳴った。
「てめぇ、こいつに何をしたんだ!?」
「何をした、じゃねーだろ」
 べし、と横からリーファが頭をはたく。ヤージュは前のめりによろけ、「ってえな!」と抗議した。が。
「ケバくて悪かったわね。私もうるさい坊やは嫌いよ。女がどれだけ化粧に気を遣ってるか、知りもしないで」
「偉そうだとおっしゃられましても致し方ありませんわね。だって実際にわたくし、最高司祭ですもの。本来ならばあなたごとき、わたくしの足跡に口づけするのが精一杯ですのよチャイしか能のない一市民風情が平伏しなさい!……あら、失礼」
 黒いオーラを燃え上がらせている女二人を前にして、ヤージュはたじたじと後ずさる。目でリーファに助けを求めたが、もちろん返って来たのはよそよそしい憐みのまなざしだけ。
「おまえ、物知りらしいけど、実はかなり馬鹿だよな」
 しみじみそんなことを言われても。
 孤立無援を悟ったヤージュは青ざめ、半泣きになって凝固する。逃げたくとも背後は深い霧だし、アルヴィナを連れ帰らないと意味がない。ってか、本当に連れてかなきゃ駄目か。置いてっちゃ駄目か。
 進退窮まっているヤージュに、容赦ない言葉の攻撃が続く。
「ガキ」
「短足」
「チャイおたく」
「シスコン」
 とどめの一撃。耐え切れずにヤージュはよろめき、倒れ伏した。それを見下ろしてケーティアが鼻を鳴らす。
「まあ、いいわ。今日はこのぐらいで勘弁してあげる。早く四人目を見つけてアネサルスにいらっしゃい。待ってるから」
「………………」
 へんじがない。ただのしかばねのようだ。
 ケーティアはリーファを振り向いて、最初より親しみのこもった笑みを見せた。
「私は行くけど、貴方はどうする? なんだったら送るわよ」
「え、本当かい? 助かるよ、ありがとな」
 リーファもけろっと警戒を解いて、差し出された手を取った。共通の敵が同志愛を育んだわけだ。
「んじゃお姫さん、あと頼んだよー」
 リーファが手を振り、アルヴィナが手を振り返す。霧に包まれて二人の姿が消えると、辺りは静寂に包まれた。
 ややあって、
「……うぅ……」
 ヤージュが呻いて顔を上げ、恐る恐る身を起こす。アルヴィナはしらっとした顔でそれを見下ろし、ぱちぱちと数回瞬きした。
「あら……? ヤージュ? 私、今何をしていましたかしら」
 ちょこんと首を傾げるアルヴィナ。しかしヤージュは、もはや二度と彼女を元のように見る事は出来なかった。
「何をしていたかなんてオレに聞くな。聞くなったら聞くな。いいから戻るぞ」
 語尾がわずかに震える。アルヴィナは目をぱちくりさせたが、大人しく彼の後について歩き出した。
 
 しばらくして二人と合流したラサとリジェは、ヤージュが服の裾をアルヴィナに握られてやって来た光景を、後になって次のように評した。
「あの時は、ヤージュが警察に逮捕された犯人みたいだったね」
「思えばあの時に、もうヤージュはアルヴィナに捕まってたのねー♪」
 知らないということは、時に残酷な発言を生むものである……。

・おしまい・


 拝読した瞬間に笑ってしまいました。ヤージュ、女難というか、口は災いのもとを地で行っているというか(笑)
 楽しいSS、ありがとうございました!